2025.05.29 (木)
文化財の保存 技術駆使 害虫対策 燻蒸装置役目終え
文化財に害虫やカビが発生した場合の対処の一つに燻蒸という手法があります。燻蒸とは常温で気体の状態(ガス化)にした薬剤を密閉した空間に充満させて、害虫やカビを駆除する手法です。燻蒸に使用できる薬剤にはさまざまなものがありますが、文化財用に使用できる薬剤は限られており、文化財用の酸化エチレン製剤が今年3月末に販売終了となりました。
燻蒸技術はもともと医療器具や農作物の殺虫殺菌で使用されており、その技術が文化財用に転用されました。数日間でほぼ完全に殺虫殺菌ができ、薬剤の残留が少ないことが特徴です。さまざまな研究のうえ1955年には宮内庁正倉院事務所に日本最初の燻蒸装置が導入されました。奈良国立博物館では同時期に「殺虫室」という施設が陳列館(現在の仏像館)と収蔵庫(現在の青銅器館)をつなぐ渡り廊下にありましたが、おそらくそのころから燻蒸が行われていたと考えられています。72年に西新館の地下にその機能が移され、2002年に改修されて現在に至ります。裏方で長年文化財を守ってきた奈良博の燻蒸装置ですが、この装置は酸化エチレン製剤専用であるため、奈良博130周年を迎える今年にその役目を終えました。
奈良博では害虫やカビが発生しないように、平時から施設担当や展示担当と連絡を取り合って監視しております。文化財用で他の殺虫殺菌の手法も取り入れながら、今まで培ってきた害虫やカビ対策の技術を館職員全体に周知することにより、これからも文化財を害虫やカビから守ることができると考えます。
( 奈良国立博物館学芸部文化財課保存修復室アソシエイトフェロー 小峰幸夫)

[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2025年5月21日掲載]