2025.03.26 (水)
二月堂焼経 流出原因は 文化財 守り伝える難しさ
毎年修二会(お水取り)が行われる東大寺の二月堂には、かつて奈良時代の写経が安置されていた。深い紺色の紙に銀泥で書写された、60巻の「華厳経」だ。寛文7年(1667年)に二月堂を全焼させた火災により、経巻の上下端が焼け焦げており、「二月堂焼経」という通称で古美術愛好家の間で知られている。
二月堂の焼け跡から奇跡的に発見されたこの経巻は、不思議なことに、銀の文字が酸化して黒くなるどころか、所々で白い輝きを放ち、紙の焦げとあいまって独特の美しさを醸し出している。その姿は、文化財を変わらず守り伝えることの難しさとともに、その困難を乗り越えて今に伝えられた尊さを感じさせてくれる。
ところが、この唯一無二というべき姿は、二月堂焼経が東大寺から流出していく原因にもなった。60巻あった大部分が、数紙あるいは数行ずつに切断され、鑑賞の対象として掛軸や屏風などに仕立てられたためだ。今や所在不明になった部分も多く、当初の形を保っているものは数巻しかない。
文化財を可能な限り現状のまま保存する立場から言えば、これは紛れもなく「文化財の破壊」だ。しかし、こうした形で鑑賞の機会を増やし、新たな魅力を見出そうとした人びとを、私は大上段から批判する気にはなれない。ひるがえって、博物館の展示という限られた形で鑑賞の機会を提供する私は、文化財の価値と魅力を十分に伝えられているのだろうか。
1年間の罪過と向き合う「悔過」の法要、修二会の季節が今年もやって来た。

( 奈良国立博物館研究員 樋笠逸人)
[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2025年3月5日掲載]