2024.12.11 (水)
過去40年の解説一堂に 正倉院展用語解説 サイト開設
学生時代、演習で『Worlds of Reference』という洋書が課題になった。古今のレファレンスブック、すなわち辞書や事典、索引などの歴史をひもといた一冊で、私たちは輪番で各章を翻訳し、文中に登場する様々な辞書類を調べてレジュメを作成した。
この授業で学術の基礎が「言葉」にあることを認識すると同時に、言葉にまつわる深淵な世界と気の遠くなるような編さん事業に畏敬の念を抱いたものだった。
奈良博に入って正倉院展に携わるようになり、耳慣れない宝物名や専門用語に触れた私は、大きな海に放り出されたような気持ちになった。しかし、先輩に教わったり、自分でも学んだりするうちに、宝物名や材質、技法を表す言葉とその意味が少しずつ一致するようになり、新しい世界が拓けていく喜びを味わった。
正倉院展では、かつての私が感じたように、宝物名や解説が難しいという指摘を頂くことがある。暈繝や絁といった言葉を日常生活で目にすることはまずないだろうから無理もない。そのため図録には、専門的な言葉を簡潔に説明する「用語解説」を載せている。ただ、図録に掲載される用語解説は、その年の出陳宝物に関するものを中心に選定されているため、全体を見渡す手立てがなかった。そこで、過去40年以上の図録から全ての用語解説1000件を取り出し、今年10月に「正倉院展用語解説」というサイトを開設した。全文検索が可能で、一部には英語や宝物画像も付されている。
60万語を収録するという『The Oxford English Dictionary』にははるか及ばないが、小説『舟を編む』さながらに、この用語解説が宝物をめぐる豊かな大海へ漕ぎ出す際のささやかな道標となることを願っている。
(奈良国立博物館資料室長 宮崎幹子)
[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2024年12月4日掲載]