2024.01.24 (水)
原本 息づかい感じる 米国に保管 フェノロサの資料
コロナ禍を経た昨年2月、アメリカ東海岸へ久しぶりに調査に赴いた。目的地はハーバード大ホートン・ライブラリーである。アメリカ最古の歴史を誇るこの大学には調査研究活動を支える73館もの図書館があり、ホートン・ライブラリーは稀覯書や手稿などの特別コレクションを保管している。調査を希望したのはそこに蔵されるアーネスト・フェノロサ資料で、なかでも奈良・京都の社寺を調査した際のノートや、文部省や岡倉天心らとの間で交わされた文書・書簡類だ。
改めて説明するまでもないが、お雇い外国人教師として来日したフェノロサは明治10年代より天心らと共に近畿の古社寺を調査して、それまで信仰の対象であった仏像などを「美術」として再評価し、現在に繫がる保護措置を講じてゆくうえで重要な役割を果たした。フェノロサ資料については今から40年ほど前に日本語訳が3冊刊行されているが、原文や資料の詳細は紹介されていなかった。実はフェノロサは帝国奈良博物館(奈良国立博物館の前身)の建設計画に関する文書を残しており、かねてよりこの目で原本を確認したいと願っていた。
オンライン事前申し込みを経てようやく対面できたその文書はノートの切れ端のような紙に鉛筆で記され、校正の痕跡が多数残る草稿と呼ぶに相応しいもので、活字化された日本語訳では到底伝わらない生の息づかいが感じられた。文化財の保護や奈良への博物館設置には前例のない制度や施設が必要で、当時の関係者たちの苦慮も偲ばれた。図書館員の懇切丁寧な対応にも直接触れて、ポストコロナに実現した現地調査の醍醐味を実感したのだった。
(奈良国立博物館資料室長 宮崎幹子)
[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2024年1月17日掲載]