2023.12.27 (水)

祭礼の空間出現に高揚 1年に数日開かれる場所

 

 奈良の町には、1年のうちわずか数日だけ開かれる特別な場所がある。12月の春日若宮おん祭にあわせて開かれる、奈良市餅飯殿町の大宿所おおしゅくしょ、春日大社参道沿いの御旅所おたびしょ。普段生活している町に何百年と続く祭礼の空間が出現すると、年の瀬で浮足立った心も相まって、不思議と高揚した気分になる。新興住宅地で育った私には、日常生活の空間と歴史ある信仰の空間が入り交じる町の様子は新鮮で、とても魅力的だった。

 

 いつの時代に迷い込んだのかと思うような空間は、古くより伝わる型の集積で形作られている。祭具やその飾り方は、1870年(明治3年)の『春日社若宮祭図解』に詳しい。従前の祭礼が停止ないし改変を余儀なくされつつあった中、おん祭が継続できるよう記された本書は、近年の古儀復興でも参照されているという。巫女みこが舞う神楽についても、社伝神楽を伝承していた春日大社社家の冨田光美みつよし(1831~96年)が、春日に伝わる神楽歌をまとめた「藤乃しなひ」などの書物を著し、春日社内で守り伝えたことに加え、香川のぐうや大阪の住吉大社、山形の出羽三山神社など、全国に春日の社伝神楽を伝授し広めたことで、古来の型がのこされてきた。コロナ禍を経験した今、「いつもどおり」が守り伝えられる有り難さが身に沁みる。

 

 今年のおん祭も終わり、大宿所や御旅所に再び沈黙が訪れる。変わらない祭礼があるからこそ、去年の自分、今年の自分と、変わる自分を見つめ直すことができる。また一年後、神様に恥のない自分で祭礼の日を迎えたい。

 

(奈良国立博物館学芸部美術室研究員 松井美樹)

 

12月15日に奈良市餅飯殿町の春日大社大宿所で営まれた湯立神事

 

  

[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2023年12月20日掲載]

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