2023.09.06 (水)

平安貴族の信仰伝える 「経塚」手厚く埋納

 

 京都府南東部に位置する笠置山。その頂上には、巨大な弥勒みろく磨崖仏をご本尊とする笠置寺があります。奈良の人にとっては、弥勒の住む天界へつながる龍穴があるという、東大寺・お水取りの始まりの地としても知られているでしょう。

 

 今春、展覧会の事前調査のために、笠置寺にうかがいました。拝見したのは境内で出土した、お経を納める金属の筒や陶器のつぼ。平安時代の後半に盛んに築かれた「経塚」に埋納されていたものです。

 

 平安時代の半ばより、貴族たちの間で、仏の教えが廃れ世の中が乱れるという末法思想が流行しました。不安に駆られた人々は、弥勒如来が現れて人々を救済するとされた56億7000万年後まで仏の教えを伝えようとし、お経を地中に埋めるようになります。こうして築かれたのが経塚です。

 

 笠置寺の経塚から出土した筒や壺は、想像以上に数が多く驚きました。いずれもご本尊の近辺から見つかったとのこと。弥勒如来のお膝元に経塚がいくつも築かれたと考えられます。いかにもお経が末永く守られそうな好適地です。

 

 かの有名な藤原道長は、自身の日記に笠置寺を参詣したことを記しています。道長の子孫である藤原宗忠の一族も訪れており、笠置寺が多くの平安貴族の信仰を集めた聖地だったことがうかがわれます。経塚を築いたのは、このような人々だったのでしょう。

 

 肝心のお経は1000年ほどの間に土の中で朽ちてしまいましたが、堅牢けんろうな入れ物は残され、都びとの信仰のあつさを今に伝えてくれています。

 

 

(奈良国立博物館教育室長 中川あや)

 

笠置寺の経塚から出土した筒や壺のうちの一部。手前はお経と共に地中に埋められた祈りの道具(いずれも笠置寺所蔵)

 

  

[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2023年8月23日掲載]

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