2023.08.02 (水)

何げない1枚 縁つなぐ 「写真から伝わる記憶」

 

 奈良国立博物館で開催中の「聖地 南山城」展で鑑賞できる「酬恩庵庭園真景図巻」(原在明作、京都・酬恩庵蔵)の作品解説には、「あたかも写真を見るかのようにリアルに描き出している」と書いてある。昔はリアルを写すために、観察の経験や芸術的手腕などが必要だった。記憶が苦手で芸術的手腕もない私には、写真の存在がありがたい。ここに掲載した東大寺大仏殿の出口近くの土産物売り場の写真は、私と奈良とのご縁が20年近く前にさかのぼることを伝えている。

 

 当時、私は20歳で一人旅をしていた。旅の思い出の一つは、到着したばかりの時、成田空港近くの駅のホームで突然、自分が日本語を一言も話せず、予約していたホステルへの行き方も知らないことに気づいたことだ。しかし、東大寺の大仏様との初めての出会いについては、全く覚えていない。大仏様をお参りしたことは、この土産物売り場の写真のみが伝えている。

 

 歳月が流れ、様々な運命の巡り合わせによって、仏像の聖地である奈良とのご縁がますます深まっていることに感謝している。この4年間、奈良博で働き、なら仏像館にあるいくつかの仏像と、目を閉じればその姿が浮かぶほどの時間を過ごす機会に恵まれた。今後も多言語化の仕事で英語圏の来館者たちと仏教美術や奈良をもっと深く経験してもらえるようにしたい。

 

 しかし、忙しい旅程の中たまたま奈良博を訪れたり、あるいは暑さから逃れるためにクーラーのある展示室に入ったりした誰かが、何げなく撮った一枚の仏像の写真によって、いつの日か、また奈良とのご縁を感じるなら、それも嬉しい。

 

 

(奈良国立博物館情報サービス室研究員 メアリー・ルウィーン)

 

東大寺大仏殿の出口近くで撮影した土産物売り場

 

  

[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2023年7月26日掲載]

一覧に戻る