2022.12.21 (水)

仏教工芸品の「用の美」 正倉院宝物「鉄三鈷」

 博物館で仏具を中心とした仏教工芸品の保存・展示に携わる身として、最近感銘を受けることがあった。今年も当館で正倉院展が開催され、至宝の数々が会場を彩ったが、そのなかの「鉄三鈷(てつのさんこ)」という宝物に、私は強く魅了された。その形姿が実に見事で、美しかったからだ。

 

 鉄三鈷とは「鉄でできた三鈷(さんこ)(しょ)」を意味する。仏教の儀式で僧侶が手にとる仏具「金剛(こんごう)(しょ)」のうち、両端の「()」という部分が三つ股になったものが「三鈷杵」だ。中央の「(つか)」の部分を握り持ち、所作を行って、儀式の際の魔除(まよ)けや僧侶自身の煩悩(ぼんのう)を打ち砕く。鉄三鈷の鋭い形姿は、そうした一種の破壊的な要素を伴った使途にいかにもふさわしい。ただ、この宝物の造形の魅力はそれに尽きない。

 

 鈷の先端は(しのぎ)をもつ刀剣の刃のような形につくられる。素材の鉄の重厚さと相まって迫力を際立たせ、古代インドの武器に由来するという金剛杵のあるべき姿を見るようだ。

 

 一方、把の部分は、周囲に面をとって断面が六角形になるようにつくられ、さらに中央にわずかな膨らみをもたせている。この絶妙な造形が見た目にも軽やかな美しさを生むとともに、手にとったときのフィット感にもつながって、まさに「用の美」を体現している。鉄を鍛造(たんぞう)してつくられているというが、その技術のあまりの高さに圧倒されるばかりであった。

   

 仏教工芸品は、他の美術に比べてとっつきにくい分野かもしれない。しかし、純粋に作品の形姿を眺めてみたとき、その魅力に気づくことがある。仏教工芸品鑑賞の楽しみの一つだ。

 

(奈良国立博物館工芸考古室研究員 三本周作)

 

鉄三鈷(正倉院宝物)

[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2022年12月14日掲載]

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