2022.05.10 (火)
知名度の高さ 信仰支え 中将姫ゆかりの「綴織當麻曼荼羅」
歴史に名を残す奈良の女性のうち、中将姫は知名度を誇った圧倒的ヒロインとして忘れがたい存在である。中将姫は當麻寺(葛城市)の霊宝「綴織當麻曼荼羅」の成立に関わった女性として鎌倉時代頃からその存在が語られるようになった説話上の人物で、その話はおよそ次の通りである。
奈良時代の貴族の娘・中将姫は早くに実母を亡くし、後妻の継母に疎まれる。継母はついに山奥で姫を殺害するよう男に指示するが、いざ殺そうとすると、姫は実母の供養のために熱心にお経を唱えており、殺すことができなかった。男は妻とともに姫を山中で育てる。数年後、偶然父親と再会した姫は都に戻るが、出家を望み、當麻寺で尼となった。
姫が極楽浄土を見たいと強く願うと、阿弥陀如来の化身の尼が現れ、沢山の蓮を集めるようにいい、集まった蓮から糸を紡ぎ五色に染め上げた。すると今度は観音菩薩の化身の女性が現れ、極楽浄土の様子を表した綴織當麻曼荼羅を蓮糸によって一晩で織り上げたという。その後、姫は29歳にして阿弥陀の来迎を得て極楽往生を遂げる。
中将姫は霊宝にまつわる女性として、鎌倉時代以降の當麻曼荼羅信仰の広がりとともに世に知られ、さらに純粋に意思を貫くその生き方や、継子いじめを取り込んだストーリーのキャッチーさから、江戸時代には浄瑠璃や歌舞伎などにリメイクされ知名度を高めた。その知名度が江戸時代の當麻曼荼羅信仰を支えたのでは、とすら思われる。
古典的なストーリーのリメイクは時代の需要にあわせて話を変化させるが、もし今、中将姫を題材にしたストーリーが紡がれるならどんなふうになるだろうと、今夏に控えた「中将姫と當麻曼荼羅」展の準備をしながら考えている。
(奈良国立博物館学芸部主任研究員 北澤菜月)
(読売新聞 2022年4月27日掲載)