2022.02.28 (月)

文化財修理 革新続ける匠 保存科学 知見取り入れ

 3月1日から西新館で、昨年度までに修理を終えた作品のお披露目の場となる特集展示「新たに修理された文化財」(会期は3月27日まで)を開催します。

 

 文化財修理はたまに紹介される工房の写真の影響から、伝統的な職人が行っていると多くの方が思われているのではないでしょうか?

 

 事実、今でも書画の修理工房では、「糊炊(のりた)き10年」と言われ、仕事を10年して、ようやく修理に使える糊が炊けるようになると言われています。修理でも、小麦澱粉(でんぷん)糊を炊いてから8年以上経過した「古糊(ふるのり)」と呼ばれる接着剤を使う伝統的な技法が用いられます。

 

 そんな職人気質を色濃く残す文化財修理の世界ですが、現場では修理技術者と呼ばれる(たくみ)が、伝統技術に保存科学の知見を取り入れながら革新を続け、各分野で修理を行っています。

  

 今回の展示作品にも含まれている絹本(けんぽん)着色絵画(絹に描かれた絵画)の修理では、画面の欠失した部分を補う「補絹」という作業をします。補絹は作品の寿命に大きく関わる大切な作業で、私の師匠の世代では劣化して弱った作品の絹と補絹に用いる絹の強度をそろえるため、骨董(こっとう)市などで仕入れた絹本から描画のない部分を再利用して使っていました。

 

 しかし、それでは補絹に用いる絹の安定的な確保ができない上、作品を破壊することにもなるので、現在では新しく織った絹に電子線や紫外線を照射して人工的に劣化させた絹(劣化絹)を用いています。

 

 修理技術者は補絹に最適な絹を求めて、劣化絹の開発から研究に携わり、新しい技術で生まれた特殊な絹の性質を捉えて、絹本絵画の修理を行っています。

 

 修理技術者8年でコンサバター(保存修復の専門職)に転職した私は、糊も十分に炊けない半人前?そんな私が言うのもおこがましいのですが、本展で革新を続ける匠たちの技をご覧ください。

 

(奈良国立博物館保存修理指導室長 荒木臣紀)

 

電子線劣化絹を用いた補絹作業の様子

(読売新聞 2022年2月22日掲載)

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