2021.11.02 (火)

ピロティ 開放感と優しさ 西新館建設と古都の景観

 「第73回正倉院展」がまもなく開幕する。会場となる東西新館のうち、1972年完成の西新館は「正倉院正倉をイメージした」と解説されることが多い。間口が東西56メートルの長大な建物で、2階が展示室、1階は中央部分が総ガラス張りのロビー、四周はコンクリート造の柱が並ぶピロティとなっている。周囲を巡る池の水面や松林がガラスに映ると、1階がすべて吹き抜けになっているように錯覚し、なるほど高床式の宝庫のような巨大建築に見える。

 

 西新館のオープンまでは、明治時代に建てられた「なら仏像館」が唯一の展示施設だった。博物館としての活動が活発化し、1946年から始まった正倉院展の混雑にも頭を悩ませていた奈良博は、新ギャラリーを待ち望んでいた。しかし1966年に古都の景観を保護する「古都保存法」が制定されると、建設予定地は特別保存地区となり、新館造営が適法か否かで紛糾した。結局、建設許可が下りるまでに3年半の歳月がかかっている。

 

 基本設計は日本のモダニズム建築を代表する建築家吉村順三。一般参賀でおなじみの皇居宮殿長和殿でも知られる。近代建築では、地上部分を開放して外との自由な往来を可能にするピロティが重要視されるが、建築家は西新館のピロティによって、古都の景観さえ建物の一部に取り込もうとしたのではないだろうか。

 

 いまピロティは待ち列に並んでいただくスペースとなっており、雨風や日差しから来館者を優しく守りながら、展示への期待を高めてくれる。閑散期には親子連れが池のコイにえさをやったり、修学旅行生が腰を下ろしたり、思い思いにくつろいでいる。雨宿りをする鹿の姿を見ることもあり、個人的にとても好きな場所だ。今年も途切れず正倉院展を開催できることに感謝しつつ、50年前の関係者の苦労にも思いをはせている。

 

(奈良国立博物館情報サービス室長 宮崎幹子)

 

西新館ピロティ。雨宿りをする鹿と、池のコイを眺める人たち(奈良市で)

(読売新聞 2021年10月26日掲載)

一覧に戻る