2021.10.19 (火)
土地と人の記憶 つなぐ 地域の文化財 担い手不足
福島県喜多方市の熱塩加納町、山深い板ノ沢地区に伝わった虚空蔵菩薩坐像がある。高さ約24センチメートルと小さな像だが、豊かに張った頬や柔らかな衣の表現などに仏師の技量がうかがえ、像の底にある墨書により1431年(永享3年)の制作年がわかる。
地区は古来、霊峰として名高い飯豊山へと至る登拝の道にあたるといい、虚空蔵菩薩を本地とする飯豊山信仰を背景に制作された可能性がある。
筆者にとって、この像は忘れがたい存在である。数年前に同市の文化課に勤めていた頃、文化財指定に関する業務に携わった。虫損が著しく、これ以上の被害を食い止める、その第一歩として指定は急務であった。
何度かの説明を経て地元から指定の了承を得たが、背景には切実な願いがあった。「地区で守るのはもう難しい。いずれなくなる板ノ沢を、せめて名前だけでも像とともに残してほしい」。戸数は当時すでに8世帯ほど。像のみならず、土地の記憶をも失う危機にあった。
在職中の完遂はかなわなかったが、かつての同僚や福島県立博物館学芸員の尽力、そして地区の思いが後押しとなり、今年2月に市指定文化財となり、現在は同館に寄託されている。像は地区と人びとの記憶を背負い、あらたな居場所を得たのである。
全国で過疎化が進み、担い手不足により行き場を失う文化財が増えている。自治体から博物館に勤務先が変わり、様々な地域の文化財をお預かりする立場となったが、守り手の訴えをじかに聞く機会は少なくなった。これからは足元の奈良にもっとアンテナを張り、文化財を通じて地域の記憶をとどめるお手伝いをしたいと思っている。小さな虚空蔵菩薩像に、いまも背中を押されている。
(奈良国立博物館研究員 内藤航)
(読売新聞 2021年10月12日掲載)