2021.07.20 (火)

走り大黒 実は怖い? 僧の食物護る神さま

 奈良博新館前の庭には、夕方になると大量の鹿が集まってくる。「鹿だまり」といわれるこの現象は、2016年頃から顕著になり、夏の奈良名物になりつつある。今年は5月下旬から集まり始めている。なぜ、この場所にたくさん集まるのか、この場所が鹿たちにとってどんな魅力があるのか、鹿だまり形成のしくみについてはいまだに謎のままである。

 

 さて、奈良博前で鹿だまりと並んで目をひくのが、敷地内でみかける特別展「奈良博三昧」の看板である。アメコミを思わせるような派手な色調に驚く方もいるかもしれないが、この機会に仏教美術や奈良博に関心を持っていただこうという思いから採用されたという。その看板のメインビジュアルの一つとして使われているのが、伽藍(がらん)(しん)立像(りゅうぞう)だ。

 

 かつて「走り大黒」と呼ばれていたが、「(かん)(さい)使者」と呼ばれていたことが明らかになってきた。監斎使者は、禅寺で僧の食物を(まも)る神さまだ。その点は台所にまつられる大黒天と同じだが、この監斎使者は、修行を怠る坊さんを見つけて木づちで(くぎ)を打ち付けてこらしめるという、怖い神さまだというのだ。韓国では冥府(めいふ)の使者とされ、ある韓国ドラマに「死神」と訳されて登場しているらしい。それを知ると、一見ユーモラスな姿のこの像が、狂気を含んだ姿に見えてこないだろうか?

 

(奈良国立博物館美術室長 岩井共二)

 

写真左:奈良国立博物館新館前にできた鹿だまり 写真右:伽藍神立像(奈良国立博物館蔵)

(読売新聞 2021年7月13日掲載)

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