2021.06.15 (火)
文化財の保存 体力勝負 “コンサバター”の役割
文化財の保存を行う私の職名を、海外では“コンサバター”と言います。昔は“王家の蔵の番人”をそう言いました。そのせいか?以前の上司は「(文化財の)保存は体力だ!」と話していました。
コンサバターはまず、「文化財に損失を与える原因」を考え、おのおの対策を練ります。文化財保存の教科書に書かれている劣化因子は「温湿度、光、汚染物質、虫菌」などですが、それ以上に怖いのは「地震、盗難、火事、水害」です。
地震大国日本で地震対策を優先的に考えるのは当然ですし、盗難と火事は家庭でも注意するので気が回るのですが、気が付きにくく突然現れるのが水害(漏水)です。昨今の局所的豪雨、想定外の大雨に伴う災害は記憶に新しいところです。建造物には我々が気づかない間に隙間が生じ、大量に降り注いだ雨水は隙間を見逃さず侵入し、最悪の場合は屋内の物が水をかぶることもありえます。
当館の「なら仏像館」は片山東熊設計の1894年(明治27年)に竣工した建物で、重要文化財にも指定されています。歴史ある建造物で老朽化も進んでいますが、展示を行う以上は雨風をきちんとしのげ、中にある文化財を守る機能も保たねばなりません。人が年齢を重ねると定期健康診断の重要性が増すのと同じで、ご高齢の仏像館も年に2回、屋根の清掃と点検を行っています。
高所恐怖症の私も、同僚と屋根に上がって外側の状態を確認し、屋根裏へは映画「ダイ・ハード」のブルース・ウィリスのように天井裏のダクトに潜り込んで進入して確認を行いました。身体の硬い私には梁が入り組んだ天井裏を移動するのは苦行で、コンサバターに必要なのは体力だと改めて知り、次回に備えて風呂上がりのストレッチを決意しました。
(奈良国立博物館保存修理指導室長 荒木臣紀)
(読売新聞 2021年6月8日掲載)