2026.03.11 (水)

原子力災害も歴史の一部 アーカイブ・ミュージアム

 2年前の能登半島地震に続き、今年の1月にも鳥取と島根で大きな地震がありました。その時、頭に浮かんだのは2000年の鳥取西部地震で、人生初の文化財レスキュー(当時、そんな言葉はありませんでした)に参加し、民具を軽トラックに載せて運んだ情景でした。

 

 あれから26年。東日本大震災も今月3月11日で発災から15年ちます。今年度も岩手県陸前高田市で被災したガラス乾板の簡易クリーニングなどを行いながら、その合間に福島県浜通りへ久しぶりに赴く機会がありました。原子力発電所事故から1年ちょっと経った頃、福島県双葉郡で文化財を運び出す前に、放射線量を測定し、低線量の文化財をこんぽうする仕事をしました。しかし、その後は福島県での活動から遠ざかっていました。

 

 当時、私が線量を測定して梱包した文化財の多くは旧相馬女子高に運ばれ、今は県文化財センター白河館に移ってクリーニング作業が続いていますが、一部は2021年に開館したとみおかアーカイブ・ミュージアム(福島県富岡町)で展示されていることがわかりました。

 

 同ミュージアムの展示は原子力災害も富岡町の歴史の一部として捉え、先史から現在まで通史で展示を構成し、町の文化を伝えるものでした。また、避難された方の一部しか帰還されておらず、町の文化継承に関する不安をお聞きしました。

 

 過疎化による地域の文化継承も汚染土処理問題も、同じ国内での問題であって我々は当事者であることを忘れず、みんなで考え続けなければ乗り越えられない問題であり、博物館は同ミュージアムのように、我々が抱える諸問題を考え続ける機会と空間を提供する社会インフラとしてますます機能せねばと考えました。

 

 

( 奈良国立博物館上席研究員 荒木臣紀)

[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2026年3月4日掲載]

 

とみおかアーカイブ・ミュージアム展示室

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