2024.03.19 (火)
処置待つ 被災文化財 「レスキュー 厳しい未来」
3月11日で東日本大震災から13年が経ちます。一昨年の11月には津波で壊滅的な被害のあった陸前高田市立博物館(岩手県)も10メートル嵩上げした場所で活動を再開しました。
元旦に起きた能登半島地震をはじめ、この13年の間に国内では大地震や大水害などがいくつもあり、東日本大震災はここ奈良でも人々の間では遠い存在になってしまったように感じます。
ただ、現在も年に数回NPOのメンバーとして文化財レスキューに行っている私には「まだまだ仕事はあるなぁ」という感覚です。同時に文化財レスキューの関係者が年々減りつづけている現実も体感しています。
文化財レスキューの例としてイタリアのフィレンツェ大洪水がよく挙げられますが、フィレンツェでは発生から50年以上たって文化財レスキューの作業場所を閉鎖しています。当時とは情勢や修理技術の違いはありますが、東日本大震災は規模も大きく、復興に時間がかかるのはフィレンツェの例からも想像がつきます。
今年も作業しているガラス乾板写真の保存活用事業や他分野のレスキュー事業も資金難から2年後に終わる可能性が高いと言われています。でも、被災した多くの文化財はまだ処置を待っている状態です。関わる事業が終われば私の中からも震災の存在が薄れていくのは容易に察しがつきます。予算が尽き、時間がたつことで、東日本大震災は世間から更に遠い存在になります。
どうすれば文化財の復興をフィレンツェのように続けられるか考えていますが、いい方法は見つかっていません。2年後からが本当の復興に向けての長くて厳しい道のりなのかもしれません。
(奈良国立博物館上席研究員 荒木臣紀)
[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2024年2月28日掲載]