2023.07.19 (水)
功徳と知の集積 仏教 文献の一式
お寺を訪ねていると、一切経蔵という建物を目にすることはないだろうか。一切経とは、仏の教えを記した「経」、僧尼の守るべき規則「律」、教えを解釈・議論した「論」からなる書物の総称で、仏教の文献の一式である。どのくらいのボリュームかというと、中国の唐代に編纂された『開元釈教録』(730年成立)という目録では、一つの基準として1076部・5048巻とされている。
日本でも、古代より寺院に備えるべきものとして、また功徳を積む方法として、一切経が書写されてきた。しかし、この量はそう簡単に書き写せるものではない。12世紀以降、中国で印刷された一切経がしばしば輸入されるようになるが、これはこれで高級品だった。そこで、すでにある経巻を集め、不足分だけ書写しようという発想がでてくる。
鎌倉時代の学僧、貞慶上人が晩年を過ごした海住山寺にも一切経が納められたが、これはかつて丹波国(兵庫県)の別の寺にあった一切経だった。そして貞慶の十三回忌に弟子らによって不足分が補われた。さらに江戸時代、この一切経は後水尾天皇の命令により京都の興聖寺へ移され、現在も大切に伝えられている。
また、江戸時代に琉球や南山城で活躍した袋中上人は、浄瑠璃寺の修復を支援したことで12世紀に書写された浄瑠璃寺一切経を入手し、これを善光院念仏寺の一切経として整えた。先人たちの遺した資源を活用し、守り続けるという姿勢は、見習うべきものである。
(奈良国立博物館列品室長 斎木涼子)
[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2023年7月12日掲載]