2023.02.01 (水)

制作地 文様から推察 正倉院宝物「紫檀木画箱」

 

 今から約1300年前、天平勝宝4年(752年)4月9日に東大寺大仏開眼会が営まれた。正倉院には、そこで使用された品々や献納された品々が多数伝わっている。華やかな宝物を間近にすると、奈良時代の仏教法会がどのようなものだったのか、その場を見てみたくなる。

 

 さて、正倉院展の図録解説を執筆するなかで最も難しいのが、制作地や用途の表記である。正倉院は奈良時代の優れた工芸品を今に伝えているが、宝物の中には「正倉院のみに伝わる品」というものも少なくない。比較対象が少ない品は編年での検討が難しく、また用途が忘れ去られた品の用途を考えるのは推測の域を脱しえない。とても難しい。

 

 たとえば、昨年出陳された「紫檀(したん)木画箱(もくがのはこ)」は、木地に紫檀の薄板を貼り、その表面全体を木画(色調の異なる材を寄木細工風に象嵌(ぞうがん)する技法)で飾った箱で、華麗な文様は観覧者の視線を釘付(くぎづ)けにした。この宝物は蓋のみが制作当初のもので、大きな二つの花文の周囲に花枝や飛鳥が上下・左右対称に配置されている。

 

 解説を執筆するなかで、「中国製ではないか?」という指摘をいただいた。類例が少ないので、木工品のみならず、同時代に制作された作品を調べていくと、ハート形を(つな)げたような花弁の花文や向かい合う鳥の表現は、中国・唐代に制作された金銀器の表現とよく似ていることに気づいた。そこで今回の解説では、唐製の可能性も視野に入れて制作時代に幅をもたせてみた。

 

 日本製か、外国製か。あるいは外国製を模した日本製か、来日した工人が作ったのか。制作地の判断には、多くの可能性がある。

(奈良国立博物館学芸部研究員 伊藤旭人)

 

紫檀木画箱(正倉院宝物)の蓋表の書き起こし

[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2023年1月25日掲載]

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