2022.11.16 (水)
作り手の仕事 追体験 ラブリーな正倉院宝物
大学生の頃、アイルランドのダブリンで英語の勉強のために2週間だけホームステイをしたことがある。ホストファミリーは当時50歳代後半くらいのご夫婦だった。そのとき奥様が「ラブリー」ということばを多用していたのが印象的で記憶に残っている。言葉のニュアンスは場所や人によって変わるが、少なくとも彼女の場合、それは「素敵」とか「かわいい」「可愛らしい」という意味合いを含んで使われており、それこそ素敵な響きだなと思っていた。
今年の正倉院展では、そういう意味でラブリーな宝物がいくつも展示されているように思う。まず、小さくて愛らしい品。幅2.6センチメートルの小さな鳥形は、切り抜いた板に色を塗り、本物の鳥の羽を貼り付けて、金箔まで散らしてある(彩絵水鳥形)。3.6センチメートルの魚形は、犀角を削ったうえで、金色の線でうろこやひれをなぞってある(犀角魚形)。
そして細やかな染織品も多い。美しいレースである羅に、染めで模様が施されたもの(華鬘残欠)や、染織品の細やかな模様のひとつひとつ(錦繡綾絁等雑張ほか)も素敵である。
正倉院宝物を見る時、それが何のために作られ、どのような経緯でいまに伝わるか、長い歴史に思いを馳せるとともに、そのラブリーさや、抜群のデザイン、色柄あわせなどを入念に楽しみ、宝物を作った人の仕事を追体験するのも幸福なことである。
(奈良国立博物館主任研究員 北澤菜月)
[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2022年11月9日掲載]