2022.10.05 (水)
博物館飾る沢田石 静岡・河津の石丁場遺跡
静岡県の伊豆半島南部に位置する河津町は、2月に開花する早咲きの河津桜で全国に知られている。今年の春、京都国立博物館の現地調査に同行し、この地の石丁場(石を採取・加工した場所)遺跡に赴いた。
火山半島である伊豆一帯は古くから石の産地として有名で、慶長11年(1606年)からの江戸城大改修では、現在の熱海市や伊東市宇佐美から石垣用の安山岩が供給された。そして、奈良博・なら仏像館と京博・明治古都館には、外壁の付け柱や玄関周りに河津町の凝灰岩が使われている。この石は同町沢田で採れることから「沢田石」と呼ばれ、青みがかったきめ細かい石質が好まれて近代建築の装飾に多用されたのだ。
調査初日は現地に残る発注書などを確認し、2日目にいよいよ石丁場へ。河津川の支川を遡って里山の奥へ分け入り、急峻な斜面をよじ登った先に最も大きな遺跡はあった。開口部は高さ10メートルほど。奥に延びる坑道には光が入らないが、分岐も含めると総長は100メートル以上あるだろうか。雄大な自然に対峙するかのような石丁場は、ピラミッド内部の大回廊か巨大な地下宮殿を思わせた。
坑道の脇には膨大な量の礫が積まれていた。これらは良質な石材を求めて「はねられた」石だという。当時の採掘は手作業で、石を運ぶソリやトロッコ線路の跡からも、労働の過酷さが偲ばれた。
江戸城大改修は天下普請(諸大名に分担させた土木工事)で、沢田石をもちいた建物も多くが博物館などの公共建築だ。近世から近代の「公共事業」を支えた地域の産業と、人びとの熱意や苦労の尊さを学んだ2日間だった。
(奈良国立博物館 情報サービス室長 宮崎幹子)
[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2022年9月28日掲載]