2022.06.24 (金)
知恵得る努力の儀式 虚空蔵求聞持法
現在、当館では特別展「大安寺のすべて」を開催中である。そのなかで、大安寺にゆかりある「虚空蔵求聞持法」という仏教の儀式を紹介する一角がある。
儀式の本尊となる虚空蔵菩薩とは、虚空がすべてを蔵するように無量の知恵と福を備えた菩薩で、人々にこれを与え救ってくれるという。その力を与えてもらう儀式が、虚空蔵求聞持法だ。
求聞持法を行う人は、山中など静かな場所で虚空蔵菩薩の絵を掲げ供養し、集中して息の続く限り虚空蔵菩薩の陀羅尼(サンスクリット原文の言葉、呪文のように認識される)を唱える。疲れたらやめてよいが、毎日続けて行い、合計100万回を唱える。唱え終わったら、今度は日食・月食の日に再び陀羅尼を唱えながら蘇(古代のチーズ)を作り、これを食べれば一度読んだ経典の内容を忘れない知恵を得るという。
実は、平安時代の仏教界の巨人、空海が若き日にこの儀式を行っていたのである。そして、のちに空海にこれを授けたのが大安寺の勤操であると言い伝えられた。実際は、空海が誰からこの儀式を教えてもらったかわからないのだが、空海自身は著作のなかで大変効果があったと述べている。虚空蔵菩薩のご利益はもちろんだが、相当な集中力トレーニングにもなったであろうことは想像がつく。
奈良時代や平安時代初期は、基本的に国に認められた者だけが正式な僧侶になれたのだが、まず僧に求められたのは、経典を暗記して唱えることだった。いつの時代も、同じような悩みや努力があったのだ。
(奈良国立博物館列品室長 斎木涼子)
[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2022年6月14日掲載]