2022.05.20 (金)
仏の世界彩る 華麗さ 大安寺出土の陶枕
あなたが遣唐使の一員だったとして、帰国の際はどんなものを持ち帰るだろう? 高級な絹織物や珍しい工芸品、日本にない経巻や書物、あるいは高度な技術や音楽を身につけるかもしれない。1300年前の先人たちは、唐の先進文化に学び、日本の国を繁栄させようと意気込んだ。おそらくあなたも未来に役立つ何かを選ぶに違いない。
ここに紹介する品も遣唐使が運んだとされる文物である。陶枕、すなわち「焼き物のまくら」であるが、長さ12センチほどの角張った箱なので、頭をのせるにはちょっと小さく痛い。書き物や脈をとる時に腕をのせた台という説もあるが、正直、用途は分からない。唐三彩の中ではマイナーな存在で、花柄のスタンプを捺し、緑・白・褐色の釉をかけて美しく焼き上げている。
大安寺(奈良市)の発掘調査では金堂跡を中心に、この陶枕が約300片、個体数にすると50点以上が見つかっている。本場の中国でも1か所からこれほど出土した例はない。
かつての大安寺は、東大寺に匹敵する大伽藍で、本尊は丈六(坐像であれば高さ約2.4メートル)の釈迦像であったという。この壮大な寺院の中心に、謎の陶枕が大量に置かれていたのである。金堂で寝る人はいないから、やはり「枕」ではなかろう。
私は、本尊が鎮座する須弥壇上にこれを置き、金堂内を荘厳していたと考えている。金や銀とは異なる、唐三彩の艶やかで華麗な色彩(瑠璃色とも言えよう)が仏の世界を輝かせた。そして仏の力でこの世を平和にしたいと願った。大量の陶枕を持ち帰った人物は、そんな未来を夢見ていたに違いない(陶枕は特別展「大安寺のすべて」にて展示中)。
(奈良国立博物館学芸部長 吉澤悟)
[読売新聞(奈良県版・朝刊) 2022年5月12日掲載]